アメリカ国立公園の思い出 (US National Parks)

 私は1993年~95年まで米国カリフォルニア州、スタンフォード大学医学部に研究者として留学しました。日本人留学生は殆どが30才代で、家族を伴い倹約生活を送っていました。サンフランシスコから車で約1時間、パロアルトという全米屈指の治安の良い町に住みました。ちょうどケネデイのように若くて人気の高いクリントンが大統領に就任した時で、アップル、サン、ネットスケープなどシリコンバレーも活気にあふれていました。湿気が少なく清々しく澄み渡った青空、プール付きの家にリスやハチドリがごく普通に現れる住宅地、緑に恵まれた道路や芝の整った広い公園、快適なフリーウエイ、など本当に恵まれた環境でした。留学中のハイライトはなんといっても国立公園巡りです。アメリカの国立公園はスケールが大きく、自然や生態系がよく保護され整備されています。アメリカに住んでいるわけですので国内旅行の気楽さがありました。私たちが訪れたお勧めの国立公園を4つご紹介します。

 最初は6月に訪れたヨセミテ。自宅から約5時間の運転で公園入口近くのモーテルに到着します(愛車は当時も今もアメリカで一番人気のトヨタカムリ(中古))。経験のある人はよくご存知ですが、アメリカのレストランは日本人にとっては口に合わず、お米と炊飯器、海苔や梅干し、缶詰などを持ち込んでモーテルで自炊します。ナパワインとパンがあれば最高。公園内に入るとエルキャピタンをはじめとする断崖絶壁、勢いよく流れ落ちる滝が出迎えてくれます。夏のヨセミテはアメリカ人にも人気で、沢山の人が公園内でキャンプしています。ハーフドーム(ちょうど球体を真っ二つに割ったような巨大な岩山)を望むグレッシャーポイントまで昇ります。トレイル脇には澄んだ川が流れ湧水が岩肌を流れ落ちます。2歳のわが子を家内と交代で背負いながらしばし登山家の気分(家内はワンゲル部出身でスイスイ、私は非体育会系でゼイゼイ)。絶景を目の前にし、どこか別な天体に舞い降りたかのような感動を覚えました。

 2番目は3月に訪れたグランドキャニオン~グランドサークル。ロスアンジェルスから車で出発、ラスベガスで一泊し、翌日グランドキャニオンを訪れるとロッジ付近は一面の雪景色でした。息子は初めての雪投げで大はしゃぎ。マーサーポイントから大峡谷を眺めると、幾重にも堆積した赤茶けた地層が浸食され宮殿のように果てしなく続き、谷底には悠々とコロラド川が流れています。ヘリコプターによる空中散歩も堪能しました。163号線を北上するとモニュメントバレーに到着。赤茶けた砂漠の大地に様々に風化し孤立した岩の柱やテーブル状の台地が現れます。西部劇でおなじみの風景は地平線の彼方まで広がり、開拓時代にタイムスリップしたようです。翌日訪れたブライスキャニオンは鍾乳洞を逆さにしたように風化した無数の岩の赤茶けた尖塔群が、まるで古代ローマのコロセウムのように何層もの円形状に並んでいます。太陽の日差しによってオレンジや黄色、白色など神秘的な光を放つ様はこの世のものとは思えぬ美しさでした。

 3番目は日本から来た両親と夏に訪れたイエローストーン。広大な火山帯の森林にバイソンやエルクなどの野生動物が豊富です。オールドフェイスフルガイザーをはじめ豪快で美しい間欠泉が有名で、一定の時間が来ると空高く水が吹きあげます。別府温泉さながらの蒸気と硫黄の匂い、広大な荒れ地に点在するエメラルドグリーンや黄色やオレンジなど美しくも複雑な色彩の池を順に散策します。熱湯が川に流れ込み、一緒に川で水遊びさせた息子が何もわからず「熱いよ、寒いよ」と驚いて泣いてしまいました。

 最後は冬に訪れたフロリダ。当時マイアミ空港から出て来るレンタカーを狙った強盗が頻発しており、緊張しながらの出発です。水鳥やワニ、フラミンゴの楽園、エバーグレースを観察したら、あこがれのセブンマイルブリッジ経由でキーウエストまでの車の旅。青い空と青い海、島と島を結ぶUS-1ハイウエイのドライブはとっても爽快。有名なヘミングウェイの家(猫がいっぱい)を訪れ、北米最南端「キューバまで90マイル」の碑の前でサングラスをかけた息子が写真に納まりました。

 私の留学先のボスは後に日本でも有名になった高血圧の権威。日本人ポスドク(研究員)に高い結果を求める非常に厳しい人でした。夜遅くや土日出勤も日本人には当たり前だったので、たまの休暇旅行は命の洗濯になりました。

関連記事

  1. 廣島からヒロシマ、そして広島へ (Hiroshima, no…

  2. 新任校医挨拶(九条弘道小学校)greeting as a s…

PAGE TOP